自治体におけるユーザー視点での行政サービスのデジタル化や、職員の業務効率化はコロナウイルス対応でも急務になっている中、7月1日、自治体が活用可能なデジタルサービスを紹介するDigital Service Square(DSS)のベータ版が発表された。これを記念して先進的な取組を行う自治体職員からの事例共有を行うウェビナーが開催された。今回はDSSに関する紹介と、各自治体での取組事例について見ていきたい。 https://dsszadankai01.peatix.com/ ##### 登壇者 - 横浜市　石塚清香（いしづか・さやか）さん Grafferの協力を得て、危機関連保証認定の申請受付などをオンライン化。参考：https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2906847989392810&set=a.132396016838035&type=3&theater - 湯沢市　柿崎弘樹（かきざき・ひろき）さん Code for Japanの支援を得て、特別定額給付金の処理状況や支払い時期などの情報をLINEで提供。参考：https://r.nikkei.com/article/DGXMZO59027400T10C20A5L01000 - 船橋市　千葉大右（ちば・だいすけ）さん親族死亡の際の手続きをワンストップ化する「おくやみコーナー」を開設。「おくやみコーナー」に関しては、内閣官房IT総合戦略室が、「おくやみコーナー設置ガイドライン」や「おくやみコーナー設置自治体支援ナビ」を提供。参考：https://cio.go.jp/sibousouzoku_siennabi_2020 - 東京都　清水直哉（しみず・なおや）さん Code for Japanの協力を得て、新型コロウイルス対策サイトの開発を支援。オープンソース化やオープンデータ化により、他自治体に展開。参考：https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/ ##### モデレーター - 三菱総研　村上文洋（むらかみふみひろ）さん ##### コメンテーター - 政府上席CIO補佐官　平本さん
ウェビナーではまずDSSを運営するインフォラウンジ小林さんからDSSの概要について説明があった。
“DSSは自治体の職員の皆さんのIT調達の助けとなるサイトとして経済産業省、三菱総研と昨年度行った実証を元に立ち上げました。自治体でも様々なデジタルサービスが提供され始めていますが、そのベストプラクティスであるアプリやサービスを紹介し、調達しやすい環境を目指します。この他、自治体職員同士のI T調達に関するコミュニケーションコミュニティサイトとしても機能することを期待しています。”（小林）良いデジタルサービスやその導入事例があっても、それを見つけることが自治体職員に難しい。これをワンストップで探せる、そして同じ課題を抱える全国の自治体職員が相談できる場所をオンライン上に作ることがDSSの目的なのだ。
次に三菱総研村上さんをモデレーターとして各自治体の行政サービスについてパネラーからの発表とともに簡単な質問があった（※以下敬称略）。
## 横浜市役所　石塚 “コロナウイルス感染が拡大する中で中小企業の資金繰りを支援するため、「危機管理保証認定」という手続をグラファーさんと共同でオンライン化しました。
危機関連保証認定とは、災害等の要因で中小企業に著しい信用の収縮が全国的に生じていることが確認された時に発動する中小企業支援措置で、売上の減少などが一定要件を満たす場合に認定が受けられ、金融機関で保証協会の保証付き融資を申し込むことができる制度です。コロナ禍で３密の不安が高まる中、1日100件以上の申請が窓口に押し寄せており、そのリスクを低減しつつ必要な認定業務を行うために一部をオンライン化して、事業者の窓口滞在時間を減らすことを目標にしました。
そこでグラファーさんのスマート申請を活用した結果、オンラインで手続書類の提出が可能になり、最大180分あった窓口滞在時間を5分まで短縮できました。この他、入力項目の削減、添付書類削減にも斬り込みました。中小企業庁とも交渉し、申請様式の押印不要化によってオンラインでダイレクトに本申請ができるようにしたことが大きなポイントでした。UX、ワンスオンリーの点からも大きな学びのあったプロジェクトでした。”
### Q：窓口には5分でも来なければいけないのですか？（村上）
A：電子署名が存在しないので電子的に証明書が発行できず、事業者の方には最後は窓口にお越しいただかなければなりません。この点は次の課題ですね。（石塚） ## 湯沢市　柿崎 “湯沢市では特別定額給付金の審査状況や支払い時期をメッセージングサービスLINEでお知らせし、対応負荷を軽減する取り組みを行いました。
市民からの問い合わせに関する業務が増加する中、本来業務への注力のためLINEのチャットボットを利用して、いつでも問い合わせ対応できるシステムを構築しました。プロジェクトを始める前から給付金の申請から給付まで１,２週間かかることが既に予想され、申請書受付から給付までの間、申請者には何のお知らせもできずほったらかしになることが想定されました。この中で、GoogleスプレッドシートとLINEチャットボットを活用し、費用をかけずにシステム化が実現しました。
開発にはコードフォージャパンの市川さんに協力いただくことでスムーズに導入が進み、仕組みでは個人情報を取り扱わない形になるよう配慮しました。最初の10日間で2万５千アクセスを得るとともに、4000ユーザー登録がありました。特徴的なのは高齢のユーザーも活用していたことで、必要な人にサービスが届いたのではないかと思います。加えて振込エラーがあった場合でもすぐに次の振込予定日をお知らせできたことから有用でした。“ ### Q：Googleスプレッドシートはセキュリティで自治体は使えないケースが多いのではないですか？（村上） A：湯沢市の業務環境では使えないので、本作業専用で環境を用意しました。（柿崎） ## 船橋市　千葉 “１つ前の部署である戸籍住民課でお悔やみ手続のワンストップ化に取り組みました。
内閣官房IT総合戦略室を中心として推進しているワンストップサービスのひとつです。平成30年にワンストップサービスのワークショップに参加し、昨年はそれに続くソリューションの構築に参画しました。デジタル化３原則のコネクッテッドワンストップに挙げられている、死亡・相続のワンストップサービスに関するものです。船橋市でも今年度中にこのワンストップサービスをローンチ予定です。
昨年構築した支援ナビは松阪市の手法をリバースエンジニアリングしたものであり、CIOポータルでも公開されています。私が代表を務めるNPO法人デジタルガバメントラボでお試しサイトを公開していますので、ご関心があればご連絡ください。” ### Q：4月に情報部門に戻られたということですが、立場が変わって仕事に変化はありますか。（村上） A：メリット、デメリット両方ありますね。現場だから見える部分と、情報部門だから横串でできる部分と両方あります。（千葉） ## 東京都　清水 “報道でもご覧の通り、コロナウイルス対策サイトを公開し、ソースコード、データのオープン化を進め、これを利用した全都道府県のサイトが立ち上がりました。デジタルシフト推進課長として働いていますが、元々民間のIT企業にいました。前職を退職して任期付きの公務員として今の職についています。
元々、小池知事は民間採用を進めており、東京都ICT戦略策定、各局とのオープンデータの連携などに従事していました。宮坂さんが副知事になり、現在東京版Society5.0「スマート東京」を推進しています。
コロナウイルス拡大の中、広報チームで対策サイトを2月下旬に情報発信の目的で立ち上げましたが、検討から約1週間、調達から2日でリリースしています。調達先がコードフォージャパンに決まってからすぐにデータを提供しました。サイトをオープンソース、データも標準化するというのは最初から決めていました。他の自治体でもデータをフォーマットに入れやすいように進めてきました。現在ではプロパーの職員がコードフォージャパンのメンバーとコミュニケーションしながら運用しています。” ### Q：東京都のコロナウイルスサイトは日々発展していますが、アジャイル型の開発はどうやって進めたのですか。（村上） A：都でも初めての取組みでまずは任期付きの民間出身職員がコードフォージャパンとコミュニケーションしながらプロパーの職員をサポートして進めました。（清水）
このように民間企業やシビックテックとの連携を通じて①いかにユーザーである市民の負担を軽減し、体験を向上させるのか、②いかに職員の単純作業を軽減して取り組むべき課題に注力できる環境を作るのか、③どうやって迅速にソリューションとして実現につなげるかか、展開するのかという点に関する工夫が共通点としてあったように思われる。 ## 関係者に寄り添い、巻き込むデジタル化を進めていく上では、関係者を巻き込みながら進めていくことが必要になる。時には外部の関係者を動かす必要がある場合もあるし、内部の関係者を動かす必要があることもしばしばだ。ディスカッションの中で述べられていたのは、自分から関係者に寄り添って変えていこうとする姿勢の重要性だ。
”危機管理保証認定の電子化は、今回組んだグラファーさんも中小企業庁から相談を受けていました。その中で押印の省略が申請フローのスマート化を実現できるということで原課からも相談していました。最初は中小企業庁もやってくれないかと思っていましたが、押印省略可というガイドラインを出してくれ、前のめりで話を聞いてくれました。業務がシステムに影響する部分と、システムが業務に影響する部分の両方があり、そのイシュー管理は重要です。情報分野の担当者はその調整をエンジニアと原課の間に立って行うのが役目であると考えて動いていました。”（石塚）
”コロナウイルス対策サイトのデータは、元々はPDFで公表しているデータでした。しかし、データを標準化し、エクセルのような形でデータを出せる環境を整えることによって、データ入力をしやすくし、原課の方でもサイトの運用をしやすくしました。今後の第２波に備え、東京テックチームを３局合同で作ることになっています。現在各局に要望を伺いながら進めています。宮坂副知事のイニシアティブで進んできていますが、IT専門人材は8人から15人に増加しています。宮坂副知事の思いとして、「自分は組織を残したい」と言っています。これは、組織が残れば、デジタル化の取組が自分がいなくても進む仕組が動き続けるということだと思います。”（清水）
”情報システム部門は予算を持っていて査定権限を持つので、財政的な考え方になってしまいがちです。しかしながらサービスを良いものにするには、情報部門が原課に寄り添って考えることが重要なのではないでしょうか。” ”日頃から担当者とコミュニケーションを取っているとやりやすくなる部分はあります。今のやり方を変えたくない人が多い中で、その人たちと我々の橋渡し役になる人が必要ですね。”（千葉）
”隣に情報部門の部署があって、普段からコミュニケーションをとっていました。その中でシステムについても所有からサービスへという流れを共有していたのでスムーズにチャットボット導入を進めることができました。最初に市川さんにプロトタイプを作ってもらい庁内で説明したので反発もありませんでした。”（柿崎） ## 自治体のITも所有からサービスへこれまでの電子化はシステムを開発して所有しながら活用していくということが中心だったが、これには時間もコストもかかり、コロナウイルス対応のような緊急時への対応も難しい。クラウドサービスが普及する中で、これを活用し、同じようなサービスは自治体間で横展開して活用していくことが方向性として語られた。
”民間サービスはもちろん活用していくべきです。他の自治体等で取り組んでいるサービスを見て、同じものを作るといった車輪の再発明はせず、横展開していくことが重要です。”（石塚）
”最近はITシステムも構築よりサービスベースになってきており、システムを構築・保有して利用していくよりもそちらの方がコスト面でも安いです。サイボウズさんのサポートで「ふるさと湯沢便」という学生向けのステイホーム支援サービスをキントーンで開発し、サービス利用料を市で負担しました。サービスとしてもキントーンは使いやすかったです。”（柿崎）
”保健所の事務処理が大変な中でセールスフォースから提案があり、１週間くらいでサービスインしました。これは普通の調達のスピード感とはかなりかけ離れていました。今回は開発をセールスフォースに行っていただき、我々は通信費のみを負担する形です。これまでもSaaSを契約するといったことはやっていて、SLAも定めていケースもあります。”（千葉） ## IT調達の実際各自治体でもどのようなIT調達を他の自治体で行っているのかは知りたいところだが、平本CIO補佐官の質問に対して、登壇者からコメントがあった。情報システムで調達に当たる人には参考になるだろう。重要なポイントとしてはきちんと目的に合ったITサービスの調達ができるか、という点から契約も考えるべきということだ。登壇者からはプロポーザルを踏まえた随意契約が多いというコメントが多かった。
”情報システムの調達についてはプロポーザルが多く、結果的に随意契約が多いです。価格によらないプロポーザルは、調達に失敗して無駄な投資になるより良いと思います。事務の手間としては大変ですが、安かろう、悪かろうになるのが怖いですから。またプロポーザルを通じてよい提案があることもあるので、いい手法だと思います。”（千葉）
”横浜市経済局は「I・TOP横浜」という民間企業との連携プラットフォームで今回のようなテクノロジーやデータを活用した様々な実証を行っています。契約にあたっては地方自治法の制約もあり、公平・平等を担保するための説明を十分に行う必要がありますが、一定の成果を出せているサービスであれば説明しやすいです。”（石塚）
”システム調達についてはプロポーザルに基づく随意契約が多いですね。また調達の際は最適化計画の提出を求めているので情報システム部門に原課が説明するプロセスをとっています。”（柿崎） ## 登壇者からDXを目指す上でのメッセージ最後に各登壇者からこれから自治体DXを進める方々へのメッセージをもらった。
”東京都でもクラスター発生したときに備えたサービスはラインと連携したりしています。またサービス開発を迅速化していく上でマイクロソフトのローコーディングツール活用の事例も出てきており、所有からサービスへの流れは避けられません。また加古川市が定額給付金の際に利用したキントーンの仕組みなど、利便性の高いサービスは自治体間で同じ仕組みを融通できるといいですね。”（清水）
”サービス利用はハードルが低く、すぐに使えます。また、既にある良い事例の横展開が容易です。良いサービスはたくさんあるので使っていきたいですね。”（千葉）
”費用が抑えやすく、クラウドベースなので乗り換えやすいところも魅力です。新規の取組であれば最初は無償で導入のお試しをやってもらえる企業もあります。またアジャイルでニーズに応じたサービスの改修を進められるところもメリットだと思います。”（柿崎）
”今や調達改革は避けて通れません。同じようなサービスをみんなバラバラに作っているというのは行政のリソースを食いつぶすだけなので保有から利用へ変えて行くことが重要です。UXの改善等は行政だけでは知見が足りないところですが、今回はグラファーの皆さんに助けてもらったことでお互い学びになったところもあり、いいものができたと考えます。また、契約の法律根拠に関しては、地方自治法がこう言ったITサービスのあり方の変化に追いついていないのが課題と認識しています。もっとライトに民間企業やシビックテックのみなさんからの協力を得られるようにしていけるといいですね。”（石塚）
所有からサービスへの転換はITサービスの自治体間での横展開、よりアジャイルな開発に繋がることが最後に再度確認された。また個人的なネットワークを通じて最新の情報を集めることも重要であり、柿崎さんからは自治体職員の横の繋がりの場として「よんなな会」の紹介があった。こういった様々なITサービスの事例の認知や、異なる自治体間の職員コミュニケーションの促進にDSSが貢献することが期待される。
こうした意欲的な取組を行う自治体と意識を共有する自治体職員が増えれば、自治体のデジタル化はさらに加速するだろう。DSS座談会は連続シリーズとしても今後も開催される予定なので引続き注目してもらいたい。

地方行政におけるデジタル化の「今」（DSS座談会#1 イベントレポート）